名張毒ぶどう酒事件とは

名張毒ぶどう酒事件(なばりどくぶどうしゅじけん)は1961年三重県名張市の葛尾[くずお]地区の公民館で起きた毒物混入事件のこと。中毒で5人が死亡し「第二の帝銀事件」として世間から騒がれる。容疑者として捕まり死刑が確定している男性は、現在も無実を主張し再審請求中。事件を調査した評論家・青地晨(あおちしん)は、自著の中で「現場地域の保守性・閉鎖性」を指摘している。1961年3月28日夜、三重県名張市葛尾の公民館分館で、地区の生活改善クラブ「三奈の会」の総会が行われた。この席で男性には日本酒が女性にはぶどう酒が出されたが、ぶどう酒を飲んだ女性15人が急性中毒の症状を訴え、うち5人が亡くなった。捜査当局は男達が飲んだ清酒では中毒症状が無かったことから、女性が飲んだぶどう酒に原因があるとして調べる。その結果、ぶどう酒に農薬が混入されていることが判明。事件発生当初の4月3日、農薬混入の自白をしたとして、「三奈の会」会員の男性が逮捕された。犠牲者の中に妻と愛人がいたことから、三角関係を一気に解消しようとした、というのが犯行の動機とされる。
update:2009年09月13日